ジャック アンド ベティ

 

黒い夜空に鋭角の三角屋根が三塔。それぞれの長窓から漏れる明かりは黄色。中学入学後、初めて習う英語の教科書は確かそんな表紙でした。教科書の名前は、『Standard Jack and Betty』。今から思えば、「戦勝国アメリカはこんなに豊かな国、民主主義っていいものだよ」というメッセージが込められた教科書だったのでしょう。


 ジャック・ジョーンズとべティ・スミスは昭和34年(1959年)当時の私達と同じ13、4歳の中学生。彼らと彼らの家族の日常を通し、豊かなアメリカに初めて接したのです。テレビも電話も大きな冷蔵庫も家庭に一台の車も誕生会もピクニックも何もかもが珍しくて羨ましくて、食い入るようにその挿し絵を眺めました。


 英語は、ハローとかグッバイくらいは知っていたと思うけれど、その他の全部、書体も綴りも発音もまるっきりの初めてです。私はまずその発音の異様さに驚くばかりです。舌が回ってしまいそうで、高い低いもあって、とにかく聞いたことのない不思議な音にまずは笑いが込み上げてきます。中一英語担任は若い福本信二先生。今思うと、発音、アクセント、イントネーション共に巧みな先生でした。それでいっそう日本語との違いが際立ったのでしょう。授業中たまらず、私は教科書で口元を隠し忍び笑いをこらえていました。が、次第に私はジャックとベッティの目を見張るような豊かな世界に魅了され吸い込まれていったのでした。


 中学1、2年の頃は、国語の授業にさえまだ主語や述語という言葉も出てきません。なのに英語では主語、述語だけではなくbe動詞やhave動詞、助動詞、平叙文、疑問文、受身文、関係代名詞等々の文法をこなし、国語の先に英語で文法というものを習ったようなものです。日本語は子供にとりあまりにも身近で言語という感覚は持ってい
ませんでした。


 あれから四半世紀、私達は彼らの目論見通り民主主義の世になり、しっかり西洋文明社会に組み込まれました(戦前、殊に大正時代には日本はかなり西洋文明を謳歌していたのですから、当然かもしれませんが)。今、双方の生活レベルはさして変わりません。加えてPC、携帯、ビデオ、最近はカーナビ、DVDまで日常化しています。あの教科書はいつまで使われていたのでしょうか、、、廃版になってもうずいぶん時間が経ったことでしょう。憧れというものを持っていた頃の自分をとても懐かしくいじらしく思います。あなたもそうでしたか?


 振り返ってみると、あの教科書はちょっと変な教科書でしたね。端からThis is a pen. I am a girl.  That is a window.  There is a house on the hill. ですもの。これはペンです。私は少女です。あれは窓です。丘の上に家があります、、、。日常会話でそんなこといきなり言ったら「あなたは正気ですか」って思われることでしょう。ネイティブにとっては”
とんでも教科書“ だったかも知れませんね。


 清水義範著『永遠のジャック アンド ベッティ』(1988年刊)では、その後何十年振りかで再会したジャックとベティはあの怪しげな英語でパロディ風に会話の続きをしています。あれからアメリカはベトナム戦争、反戦運動、ウオーターゲート事件、人種問題といくつも難題をかかえ、ジャックとベティの会話も屈折したものとなっています。『Standard Jack and Betty』。あれはやはり永遠の憧れの世界に仕舞っておいた方がよさそうですね。(2004年記)


 追記

 その後アメリカはベトナム、イラク、アフガニスタンでJack and Bettyのようなアメリカ民主主義世界を目指したけれどどれも頓挫。中で日本が一番の成功例だったのではないだろうか。明治維新からの西洋化の土台があったからかもしれません。(2023年)




コメント

このブログの人気の投稿

過去は現在

お風呂

産婆さんがやって来た