このブログ「過去は現在」欄で、私は今はもう過ぎ去ってしまった過去のあれこれについて書いてみたいと思います。自分の幼かった頃の懐かしい過去は、生き生きとよみがえり文章に留めることができます。失敗談や辛い過去は、しばしば傷みを伴って去来し、なかなか上手く文章にできないかも知れません。 だれの心にも、ひょいと頭をもたげ思い起こされる過去とは一体何なのでしょうか。 矛盾した言い方かもしれませんが、過去は現在ではないだろうかと思うようになりました。現在生きている人間が引き出すことにより、初めて語ることのできるもの。あるいは初めて存在するものではないかと思うのです。過去は言葉やもの(遺品、遺跡など)を媒体として、現在にしか存在しえないものではないでしょうか。そういう意味で過去は現在で、過去を語るとき現在はまた、過去でもあるのではないか。過去と現在はそんなに分離していないのではないでしょうか。 つい、過去に目を向けてしまいがちな私は、自分の過去のあれこれ、人間の過去やルーツ、さらにさかのぼって宇宙にまで思いを馳せてしまいます。冬晴れの夜空は星がよく見えます。南の空にオリオン座が見え、シリウスの円弧もひときわ目立っています。北の空にはカシオペア、大熊座、北極星もかすかに見える。何億光年前の光が、ついに今、私の目に届いていると思うと壮大な過去もやはり現在の私が見るから、あるのではないかと思うのです。地球に人間というものがいなかったら、星々はあっても認識されないのであろう。そんな意味であの壮大な宇宙の過去も現在なのかもしれません。 そもそも時間というものは137億年前に起きた宇宙のビッグバンから始まったと言われています。ビッグバンにより物質が動き出した瞬間から時間が生まれ、私たちの今現在はそのビッグバンの最果てにいるのです。その最果てでヒト科ヒト属ヒトである私たちは、こうやって過去を語りながら過去を現在に引き出し積み上げてきたのでしょう。そして私たちは様々なことを知るようになりました。この世のあらゆる生命体や身の回りの物は化学反応であることも、DNAの二重螺旋までをも知るようになったのです。たった4“文字”であらゆる生命の情報を作りだし、写しだし、さらには、混ぜたりして次に渡すことまで。過去を語る生き物はこうしてますま...
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